【2時限目】歴史人物当てクイズ(中級編)

渋沢平九郎
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時代を彩る多くの歴史的人物たち。

彼らの物語は、時には冒険、謎、愛、そして勇気に満ちています。

一緒に歴史の舞台裏に迫り、あの有名な偉人たちが生き抜いたエピソードをクイズ形式で楽しみましょう!

あなたはどれだけ正解できるでしょうか?

1 票, 5 平均
908

四択クイズ

【2時限目】歴史人物当てクイズ(中級編)

合格ライン60点~

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徳川綱吉

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蒲生氏郷

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宮本武蔵

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津田梅子

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直江兼続

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渋沢平九郎

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近松門左衛門

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後藤新平

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藤原道長

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淀殿

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水野忠邦

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秋山真之

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あなたの正解数は

クイズ挑戦者の平均正解率は 52%

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中級編の1限目に未挑戦であれば「歴史人物当てクイズ(中級編)」にチャレンジしてください。

少し難しいと感じる場合は「歴史人物当てクイズ(初級編)」から始めてみましょう。

このクイズの作成者
クイズサイト.jp

歴史人物屈指のイケメンとして有名な『渋沢平九郎』ですが、その生き様もイケメンです。農家の生まれでありながら学問・文芸に親しみ、19歳になると剣術を人に教えるまでに上達しました。大政奉還・政復古の大号令と時代が変化していく中でも徳川氏の忠誠のため「彰義隊」に参加します。しかし、隊は彰義隊と「振武軍」に分裂、平九郎は自邸の障子に「楽人之楽者憂人之憂、喰人之食者死人之事 昌忠」と書き残して彰義隊を離脱し、振武軍に加わりました。出典

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クイズの答えと解説

1問目の答え

徳川綱吉
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答え:徳川綱吉

解説:『徳川綱吉』は、江戸幕府の5代将軍で、1680年から1709年まで将軍を務め、動物を愛護する「生類憐みの令」で特に有名です。綱吉の治世の前半は、「天和の治」として善政と言われていますが、生類憐みの令をはじめとする、後世に悪政といわれる政治を次々と行っており、評価は分かれています。

2問目の答え

蒲生氏郷
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答え:蒲生氏郷

解説:『蒲生氏郷』(がもう うじさと)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将です。豊臣秀吉の家臣として功績をあげ、91万石の大領を与えられました。秀吉が100万の大軍を采配させたい人物と評した談話がある一方で、茶湯に深い理解があり、千利休の弟子筆頭という文武両道の人物でした。

3問目の答え


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答え:山内容堂

解説:『山内容堂』(やまうち ようどう) は、幕末の外様大名で土佐藩15代藩主です。尊王派でありながら土佐勤王党を弾圧するなど、朝廷にも幕府にも良かれという行動を取ったため、「酔えば勤皇、覚めれば佐幕」と揶揄されました。

4問目の答え

宮本武蔵
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答え:宮本武蔵

解説:『宮本武蔵』(みやもと むさし)は、江戸時代初期の剣術家、大名家に仕えた兵法家、芸術家です。武蔵の剣術は二天一流と称され、一本の長刀と一本の短刀を同時に使う独自の戦法で多くの武者との決闘を勝ち抜きました。彼の著作『五輪書』は、武道だけでなく、ビジネスの世界など、多くの場面で参考にされています。

5問目の答え

津田梅子
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答え:津田梅子

解説:津田梅子(つだ うめこ)は、日本の女子教育家。日本初の女子留学生の一人で、女子英学塾(現:津田塾大学)の創設者です。アメリカでの学びを基に、日本の女性が高等教育を受け、社会で活動する機会を増やすべく尽力しました。彼女は自らも教育者として活動しながら、女性が社会進出を果たす手助けをし、日本の女性教育に大きな足跡を残しました。

6問目の答え


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答え:後醍醐天皇

解説:後醍醐天皇(ごだいごてんのう)は、日本の第96代天皇、および南朝初代天皇です。後醍醐天皇は、鎌倉幕府を滅ぼし、「建武の新政」を開始した天皇で、彼の理想は武家政権ではなく、中央集権的な「王政復双」でした。しかし、新政はやがて失敗し、足利尊氏により再び武家政権が築かれます。

7問目の答え

直江兼続
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答え:直江兼続

解説:『直江兼続』(なおえ かねつぐ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将で、米沢藩主上杉景勝の家老です。徳川家康による会津遠征を決意させるきっかけとなった返書「直江状」や、「愛」という字を前立にあしらった兜が有名です。

8問目の答え


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答え:天草四郎

解説:『天草四郎』(あまくさ しろう)は、江戸時代初期のキリシタンで、島原の乱における一揆軍の中心人物とされています。10代半ばの少年でしたがキリシタンの間で救世主として擁立、神格化され一揆軍の総大将となりました。彼の死後も、彼を記念し祀る教会や遺跡が現存しています。

9問目の答え

渋沢平九郎
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答え:渋沢平九郎

解説:『渋沢平九郎』(しぶさわ へいくろう)は、幕末の豪農出身の武士で旗本時代の渋沢栄一の見立養子です。徳川氏に対する忠誠で彰義隊・振武軍へ参加しましたが、飯能戦争に敗れ22歳の若さで自刃しました。

10問目の答え

近松門左衛門
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答え:近松門左衛門

解説:『近松門左衛門』(ちかまつ もんざえもん)は、江戸時代前期から中期にかけての人形浄瑠璃および歌舞伎の作者です。代表作には「曽根崎心中」や「女殺油地獄」などがあり、それぞれ愛と義理、生と死をテーマにした物語が織りなされ、多くの人を魅了しています。

11問目の答え

後藤新平
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答え:後藤新平

解説:『後藤新平』(ごとう しんぺい)は、明治から昭和初期にかけて活動した医師、官僚・政治家です。日本の満洲経略における重要拠点となる「南満洲鉄道」初代総裁に就任し、大連を拠点に満洲経営に活躍しました。また、関東大震災において立案した「震災復興計画」は、現在の東京の都市骨格、公園や公共施設の整備の骨格となっています。

12問目の答え

藤原道長
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答え:藤原道長

解説:『藤原道長』(ふじわら の みちなが)は、平安時代中期の公卿で、日本史上最も有力な摂関政治の権臣とされています。天皇家との結びつきを強固なものにし、その祝宴で詠んだ「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 虧(かけ)たることも なしと思へば」が有名です。

13問目の答え

淀殿
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答え:淀殿

解説:『淀殿』(よどどの)は、戦国時代から江戸時代初頭の人物で浅井三姉妹の一人です。秀吉の跡継ぎである秀頼の母親として豊臣氏の家政の実権を握りましたが、「関ヶ原の戦い」以降、家康との関係が悪化します。「方広寺鐘銘事件」を契機として大坂の陣が勃発し、「大坂夏の陣」で大坂城は落城し、秀頼や大野治長らと共に自害しました。

14問目の答え

水野忠邦
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答え:水野忠邦

解説:『水野忠邦』(みずの ただくに)は、日本の江戸時代後期の大名、江戸幕府老中で、「天保の改革」の指導者です。幕府の財政逼迫に危機感を感じていた忠邦は、天保の改革で多くの法令を定めましたが、農民・大名・旗本の反感を買い失脚しました。

15問目の答え

秋山真之
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答え:秋山真之

解説:『秋山真之』(あきやま さねゆき)は、日本の海軍軍人で、日露戦争における連合艦隊の作戦担当参謀です。ロシアのバルチック艦隊が回航すると迎撃作戦を立案し、日本海海戦の勝利に貢献、日露戦争における日本の政略上の勝利を決定付けました。名文と評された「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」の作者でもあります。

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